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一期一会

夏休み

 今はもう、あまり使うことのなくなった息子たちの部屋を掃除していて、ふと、こんな言葉が思い浮かびました。
一期一会(いちごいちえ)  。改めて辞書を引いてみるとこんな説明があります。
「茶会に臨む際には、その機会は一生に一度のものと心得て、主客とともに互いに誠意を尽くせ、の意。一生に一度だけ出る茶の湯の会。一生に一度だけの機会」
 もともとは茶道で使われる言葉だったようですが、人と人との出会いを大切にせよ、との教えでしょう。
 初めて会う大切な人との出会いについてだけを言っているわけではありません。毎日毎日、何気なく顔を合わせている家族との間についても言えることなのです。
 その日その時の自分と同じ自分というのは、もう二度と存在しえないですし、相対する家族もまた、日々、年齢を重ね、成長もし、二度と同じ人間ではないのです。その時の出会いはその時だけのもの、取り返しはききません。毎日、心からいとおしみ、また時には真剣にぶつかり合い、ホンネの勝負をしていかないと後悔するハメになります。
 かつて、息子たちが多感な日々を過ごした、今は使い手のいない部屋で一人掃除機をかけていて、その頃の彼らの顔や声、思いっきり親に立ち向かって反抗していた時の表情、ちらかった部屋の様子、などなど、懐かしく思い出して胸が熱くなりました。
 もうあの頃の息子たちに会うことはできません。あの頃は自分ももう少し若かったし、もはや今の自分はあの頃の自分ではありません。あの時代はもう戻らない。家族といえども、あの頃の親子の関係というのは、その時だけのものなのです。もう二度と帰らない日々。もう二度とない機会の連続。一期一会。
 それは転じて、自分自身の親との関係についても言えることです。自分が小さかった頃、戦後まだ間もない、モノのない時代に、両親は一生懸命になって、自分たち姉妹をいつくしみ、数多くのささやかな楽しみを与えてくれ、守り育ててきてくれました。
 今、その養育してくれた親の姿はもうどこにもありません。2人とも年老いて、健康であるとは言えず、自分たちだけの力で生きていくことすら困難な状況にあります。育ててもらった娘たちが、今度は逆に親の世話をする、世代交代をして、それぞれの置かれた立場で精一杯のことをしていくしかありません。
 夏休み以外は毎月ここに書いてきた文を、11月はとうとうお休みしてしまいました。
 9月の末に、85歳の父が病に倒れて入院しました。その日は突然の午後臨時休診もして、一部の方にご迷惑をおかけしたことを大変申し訳なく思っております。その後は、日頃の親不孝を返上して、父のことを最優先に考えて、できるだけのことをして、ようやく今は何とか落ち着きを取り戻すことができました。これで、心おだやかに新しい年を迎えることができそうです。
 一期一会。この言葉を胸にきざんで、精一杯に生きていくことにします。


2002年 12月 『子育て待合室』文芸社 刊より

岩田裕子先生

1977年、千葉大学医学部卒業。
千葉県内の病院で小児科勤務医として研鑽したのち、1994年、千葉市にて小児科クリニックを開業。
2004年~2008年 千葉市小児科医会会長
2008年 千葉市医師会 理事

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